龍谷大学矯正・保護研究センターの研究部門は,基礎研究部門と応用研究部門の二つに分かれている。基礎研究部門は,矯正・保護研究の基礎となるような方法論(統計などのデータやエビデンスの蓄積を含む)や理論に関わる研究を担当し,応用研究部門は,具体的な政策や処遇に関わる研究を担当している。
『Ryukoku-Campbell Series』は,基礎研究部門のプロジェクトである「矯正・保護における処遇評価」の成果の一つである。このプロジェクトの目的の一つは,刑事政策を含む社会政策に関する国際的な評価研究プロジェクトであるキャンベル共同計画(Campbell Collabolation: C2)と協力し,その成果を広く公表することにある。キャンベル共同計画は,社会政策の中で「何が(科学的に)効果があるのか」についてのエビデンスを集め,評価し,広めることを目的としている。当センターでは,キャンベル共同計画の日本語版ウェッブサイトの作成者であり,本プロジェクトの責任者でもある静岡県立大学の津富宏准教授を中心に,キャンベル共同計画の成果の中でも矯正・保護,つまり犯罪者処遇に関するエビデンスを中心に,評価報告書であるレビューの翻訳やウェッブサイトでの公表に協力してきた。今回は,さらに,政策決定者,実務家,研究者に対して,その成果をより身近なものとして活用してもらうために,レビューのなかでも,矯正・保護にとって特に重要であると思われるものを選び,ブックレット『Ryukoku-Campbell Series』として発刊することにした。
第4号に掲載するレビューとして選んだのは,「少年非行及びそれに関連する問題に対する助言指導(メンタリング)介入(の効果)」と「家庭・親の早期訓練プログラムが反社会的行動及び非行に与える効果」の二本である。第3号では,「非拘禁雇用プログラム」と「マルチシステミック療法(MST)」の二つのプログラムを紹介したが,いずれのレビューも明確な再犯防止効果を示すことができなかった。そのため一部読者から,この『Ryukoku-Campbell Series』は,効果のないプログラムばかりを紹介するとの不満の声が聞かれたため,本プロジェクトの責任者である津富と相談して,今回は,非行や問題行動の防止に効果のある上記二つのプログラムを紹介することにした。
「少年非行及びそれに関連する問題に対する助言指導(メンタリング)介入」は,非行少年に対するメンタリングが非行防止に効果があるかどうかを検証したものである。メンタリングという言葉は聞きなれない言葉かもしれないが,メンター(mentor)という言葉なら聞いたことがあるのではないだろうか。メンターは,一般的には,助言者とか指導者と訳されているが,ここでいうメンタリングは,カウンセリング,親子関係や師弟関係とは異なる地域における経験豊富な(専門家ではない)人(先輩)が自発的に地域の後輩である非行少年を二者関係の中で更生へと導くプログラムのことをいう。日本で言うと,民間ボランティアである保護司やBBS会員による指導などがこれに当たるかもしれない。そして,20件以上の研究をレビューした結論は,メンタリングは非行予防に効果があるということである。本プロジェクトの責任者である津富は,このレビューの解釈に当たり,ボランティアとはいえ行政指導による日本の保護司制度と草の根的民主主義的なアメリカのメンタリングとの違いに一定の留保を付けているが,このレビュー結果は,日本の保護司制度を考える上でも有意義かつ心強い結果といえる。ただし,メンタリングのどのような要素が非行予防に効果があるのかは明らかではなく,今後の課題となっている。
「家庭・親の早期訓練プログラムが反社会的行動及び非行に与える効果」は,矯正・保護というよりは,どちらかというと社会福祉や児童相談所による介入に示唆を与えるレビューである。あるいは,親となった非行少年や犯罪者の処遇に役立つものといえる。このレビューの結論は,出生前を含む5歳以下の子供がいる家庭に対する育児訓練や親業訓練といった早期の支援は,子供の問題行動を予防することができるということである。さらに,このレビューでは,こうした早期の介入は,子供が成人後の問題行動(犯罪)の防止にも有効である可能性が示唆されている。いずれにしても,こうした家庭や親に対する早期の支援的介入は,予防効果が高く,しかも費用対効果で考えると,早期の介入によって,将来の問題行動を予防することでかなりの便益が期待できる可能性がある。乳幼児期を含めた早期の支援的介入が,その後の問題行動を予防し得るというレビューの結果の持つ意味は大きい。
今回の二つのプログラムのレビューは,いずれも非行少年や問題のある家庭や親に対する支援的な働きかけが,非行を含めて将来の問題行動の発生を抑制することができることを示したという意味で意義深いものである。さらに,これまで日本で行われてきた非行少年処遇の方向性を考える上でも心強いものとなったのではないだろうか。
津富が記しているように,キャンベル共同計画の成果であるレビューは,これまでの研究を概観するような単なるレビュー(ナラティブ・レビュー)ではない。疫学の基本的な考え方にのっとり,レビューの計画段階から,対象やその方法が適切であるかの審査を経て,更に,メタ分析の方法など,レビューそのものが,系統的レビューとして適切であるかどうかの審査を経た上で公表される。読者には,この二つのレビューを単なる学術誌の論文の一つとしてではなく,膨大な時間と手間隙をかけた,現時点で最良のエビデンスであることを理解した上で,じっくりと読み,その成果を活用する方法を考えていただきたい。
なお,龍谷大学矯正・保護研究センターは,2010年度から組織を改編し,これまで教育を担当してきた龍谷大学矯正・保護課程と共同して龍谷大学矯正・保護総合センターとなり,研究や教育だけでなく社会貢献活動にも従事することとなった。その意味では,本号は,龍谷大学矯正・保護研究センターとして発刊する最後の『Ryukoku-Campbell Series』となる。
龍谷大学 矯正・保護研究センター
基礎研究部門長 浜井 浩一