龍谷大学矯正・保護研究センターは、2010年4月に組織改編を行い、研究部門だけでなく、30年余の歴史をもつ特別研修講座「矯正・保護課程」を教育部門として加え、さらに社会貢献をその役割として加えた矯正保護総合センターとして新たなスタートを切った。
そして、この『Ryukoku-Campbell Series』も研究部門におけるプロジェクトの一つとして引き継いだ。これまでにも述べてきたように、このプロジェクトの目的の一つは、刑事政策を含む社会政策に関する国際的な評価研究プロジェクトであるキャンベル共同計画(Campbell Collabolation: C2)と協力し、その成果を広く公表することにある。キャンベル共同計画は、社会政策の中で「何が(科学的に)効果があるのか」についてのエビデンスを集め、評価し、広めることを目的としている。当センターでは、キャンベル共同計画の日本語版ウェッブサイトの作成者であり、本プロジェクトの責任者でもある静岡県立大学の津富宏教授を中心に、キャンベル共同計画の成果の中でも矯正・保護、つまり犯罪者処遇に関するエビデンスを中心に、評価報告書であるレビューの翻訳やウェッブサイトでの公表に協力してきた。さらに、政策決定者、実務家、研究者に対して、その成果をより身近なものとして活用してもらうために、レビューのなかでも、特に、矯正・保護にとって特に重要であると思われるものを中心に選び、ブックレット『Ryukoku-Campbell Series』として発刊している。
第6号に掲載するレビューとして選んだのは、「CCTV(防犯カメラ)による監視の防犯効果」と「街灯の明るさの改善が犯罪に及ぼす効果」との2本である。この2本は、これまでこのブックレットで取り上げてきたものとは異なり、矯正・保護に関するものではなく、犯罪防止(予防)に関するレビューである。今回、こうした防犯的介入2本を取り上げたのは、2000年以降、防犯カメラが急速に普及する一方で、その効果に関して必ずしもエビデンスに基づかない議論が多いことを考慮したためである。この2本のレビューは、防犯カメラや街灯の照度の防犯効果に関する現時点での最も(科学的に)厳密なエビデンスを紹介したものである。防犯カメラは、現代社会に欠かすことのできないインフラになりつつあるようにも見えるが、その設置において大きな投資を必要とするだけでなく、その維持管理(更新)にも多額の費用がかかり、プライバシーなどに対する副作用も指摘されている。そのため、その設置に当たっては費用対効果を含めたエビデンスに基づいた議論が求められる。防犯カメラとともに街灯の照度の防犯効果を取り上げたのは、費用対効果も含めて防犯カメラとの対比を考える意味からである。
「CCTV(防犯カメラ)による監視の防犯効果」は、結論から言うと、現時点でのエビデンスを総合すると、CCTVは、他の先進国よりも、イギリスおいて防犯効果が高く、駐車場における車両犯罪に狙いを定めた場合に防犯効果が大きいということである。一方で、暴力犯罪に対する効果はほとんど認められなかった。暴力犯罪については、その未然防止に効果がないとしても、救急隊の早期介入によって被害者の傷害の深刻化が防がれている可能性も考慮すべきとの指摘もある。
CCTVについては、CCTVの設置に伴い、その運用上の必要から、照明の改善や警備員の配置がセットで行われることがほとんどで、これら他の介入手段の効果からCCTVの単独効果を分離することができないことから、CCTVのどのような作用によって防犯効果が生まれているかというメカニズムの解明はほとんど進んでいない。ただ、駐車場における防犯効果も時間とともに減少するとの報告もある。エビデンスに基づいて現時点で言えることは、駐車場における防犯効果を確実なものとするためには、CCTVを単独で使用するのではなく、周辺の照明の改善や警備員の増強などとセットで対策を講じるべきであるということである。
二つ目の「街灯の明るさの改善が犯罪に及ぼす効果」も、結論から言うと有効である。街灯の明るさの改善が犯罪の減少につながるメカニズムについては、二つの仮説がある。ひとつは、街灯の明るさの改善によって可視性が増すことによって(又は人通りが増すことによって)潜在的な犯罪者に対する監視が強化され、それが犯罪の抑止効果につながるというものである。もうひとつは、街灯を明るくすることが地域の環境改善につながり、人通りや地域の交流も増加するなど、そのコミュニティに属していることへの誇りや、コミュニティの結束力が増すことにつながり、それが防犯効果をもたらすというものである。これには、街灯が明るくなることで、夜間の人通りが増し、それによって町全体が活性化する(活気づく)という効果も含まれている。今回のレビューは、街灯の明るさの改善は、有意に犯罪を減少させること、しかも、街灯を明るくすることで夜間だけでなく、昼間の犯罪も減少することが見出されている。アメリカの研究に限れば、街灯の明るさの改善に効果がなかったとする研究のほとんどが夜間の犯罪のみを測定した研究であった。つまり、街灯を明るくすることの効果は、街灯の明るさが持つ監視機能から生み出されるものではなく、コミュニティの誇り・結束や活性化によってもたらされている可能性が高いということである。
CCTVの設置や街灯を明るくすることに防犯効果があると言われると、犯罪を行おうとする者が人から見られていること、つまり犯罪が発覚することを恐れて犯罪行為を躊躇すると考えられがちであるが、上記のように街灯を明るくすることで昼間の犯罪も減少するという効果は、監視による効果ではなく、地域の活性化や地域住民のプライドの高まりによる効果であると考えられる。そうだとすると、CCTVと比較した場合、街灯を明るくすることは、単に特定の個人・世帯や場所の防犯に効果をもたらすだけでなく、地域全体を活性化するという利益をもたらす。また、それは、地域住民の自由やプライバシーを制限することなく、公共の安全を増加させることができる。つまり、街灯の改善は、一般的な市民にとって、副作用がほとんどない防犯対策であり(夜空愛好家からの反対がある)、しかも、CCTVと比較してはるかに安価である。費用対効果を考えた場合、街灯を明るくする犯罪対策は、地域にも人にも優しい防犯的介入としてもっと注目されるべきであろう。
上記の二つのレビューでは、いずれも、一定の条件の下で防犯効果があることが確認された。ただし、CCTVについて特にそうであるが、効果が駐車場での車両犯罪に限定され、単独介入での防犯効果やその効果をもたらすメカニズムについては解明されていない。また、CCTVが設置されたり、街灯が明るくなったりした地域の周辺地域に対する波及効果や犯罪の転移(転移を確認した報告は少ない)や費用対効果については十分な検討が行われているとはいえいない。さらに、多くの研究で効果測定に警察統計を使用しているが、犯罪被害調査などによる追試を含めて実験デザインの改善が必要であることも指摘されている。今後は、これらの点を改良した実験研究の蓄積が待たれるところである。
これまでのブックレットで津富が記しているように、キャンベル共同計画の成果であるレビューは、これまでの研究を概観するような単なるレビュー(ナラティブ・レビュー)ではない。疫学の基本的な考え方にのっとり、レビューの計画段階から、対象やその方法が適切であるかの審査を経て、更に、メタ分析の方法など、レビューそのものが、系統的レビューとして適切であるかどうかの審査を経た上で公表される。読者には、この二つのレビューを単なる学術誌の論文の一つとしてではなく、膨大な時間と手間隙をかけた、現時点で最良のエビデンスであることを理解した上で、じっくりと読み、その成果を活用する方法を考えていただきたい。
なお、本書の発行については、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域)「犯罪者・非行少年処遇における人間科学的知見の活用に関する総合的研究」(研究代表者:石塚伸一、課題番号:23101011)の助成を受けている。ここに記して、感謝を申し上げる。
龍谷大学矯正・保護総合センター研究委員長
浜井 浩一