龍谷大学矯正・保護研究センターは、2010年4月に組織改編を行い、研究部門だけでなく、30年余の歴史をもつ特別研修講座「矯正・保護課程」を教育部門として加え、さらに社会貢献をその役割として加えた矯正保護総合センターとして新たなスタートを切った。
そして、この『Ryukoku-Campbell Series』も研究部門におけるプロジェクトの一つとして引き継いだ。これまでにも述べてきたように、このプロジェクトの目的の一つは、刑事政策を含む社会政策に関する国際的な評価研究プロジェクトであるキャンベル共同計画(Campbell Collabolation: C2)と協力し、その成果を広く公表することにある。キャンベル共同計画は、社会政策の中で「何が(科学的に)効果があるのか」についてのエビデンスを集め、評価し、広めることを目的としている。当センターでは、キャンベル共同計画の日本語版ウェッブサイトの作成者であり、本プロジェクトの責任者でもある静岡県立大学の津富宏教授を中心に、キャンベル共同計画の成果の中でも矯正・保護、つまり犯罪者処遇に関するエビデンスを中心に、評価報告書であるレビューの翻訳やウェッブサイトでの公表に協力してきた。さらに、政策決定者、実務家、研究者に対して、その成果をより身近なものとして活用してもらうために、レビューのなかでも、特に、矯正・保護にとって特に重要であると思われるものを中心に選び、ブックレット『Ryukoku-Campbell Series』として発刊している。
第7号に掲載するレビューとして選んだのは、「拘禁判決と非拘禁判決の再犯に対する効果」と「いじめといじめの被害化を減らすための学校をベースにしたプログラム」との二本である。後者は直接的には矯正・保護における介入を取り上げたものではないが、今回、これを取り上げたのは、昨年から今年にかけて学校におけるいじめが大きな社会問題としてクローズアップされている中、かならずしもエビデンスに基づいた効果的ないじめ防止の議論が行われていないのではないかと危惧したからである。いじめ対策として、「いじめは悪いことだ。被害者の立場になって考えなさい」と道徳教育を行ったり、学級内で話し合いを行ったりするだけではいじめ問題は解決しない。いじめが喫緊に解決しなくてはならない深刻な問題であればこそ、科学的に効果の実証された対策をとるべきである。また、少年院などの矯正施設内でもいじめは深刻な問題として存在している。法務省でもさまざまないじめ対策が行われているが、今回のレビューはその一助となり得るものであると考える。
それでは各レビューのポイントを簡単に紹介する。
一つ目は、「拘禁判決と非拘禁判決の再犯に対する効果」であるが、このレビューは、結論ではなく、そのプロセスを慎重に読まなくてはならない。このレビューで比較されているのは、社会奉仕命令、電子監視、執行猶予、罰金といった雑多な非拘禁判決と拘禁判決であり、それらを再犯という観点から比較したものである。その結果、非拘禁判決を受けた者の再犯率が拘禁判決を受けた者の再犯率よりも低いとする研究が多いが、厳密なメタ分析からは、両者の間に再犯率において差があると結論づけることはできないと指摘されている。これは、ある意味当たり前である。非拘禁判決には、罰金刑のように金銭的制裁や電子監視といった監視的なものから、更生的支援プログラムを含むものまで雑多である。このレビューを読む際には、これが社会内での更生プログラムを評価しようとしたものではないことに注意が必要である。このレビューの中で読んでほしいのは、最後の議論のところである。ここでは、非拘禁刑であれ、拘禁刑であれ、その再犯に対する効果は、刑罰を受ける人のタイプによって異なる可能性があること、長期の拘禁刑と比較すると短期の拘禁刑は再犯に及ぼす悪影響が少ない可能性があるといったことなどが議論されている。いずれにしても、このレビューが強く指摘しているのは、これまでのところ、再犯率という基準を用いた場合、非拘禁刑の方が、拘禁刑よりも優れていると主張するためには、その結論を出すための前提として介入のターゲットを明確に定め、適切な実験モデルを用いた研究がおこなわれていないということであろう。様々な拘禁代替刑(非拘禁刑)が生まれては消えていくが、それらの再犯に対する効果がきちんと検証されることは少ない。まずは、そこから変えていかなくてはならない。1995年以降の厳罰化が刑務所の福祉施設化を招いたように、刑罰には強い副作用がある。対象であるターゲットを正しく想定し、彼らの再犯防止におけるニーズを正確に見極めた刑罰でなければ効果は期待できないだけでなく、有害ですらある。今後、日本でも刑の一部執行猶予などが導入されそうであるが、その効果や副作用を科学的に検証する姿勢が何よりも重要であろう。
二つ目は、「いじめといじめの被害化を減らすための学校をベースにしたプログラム」である。前者と比較するとこのレビューは、どのような対策がいじめ防止に効果があるのかを明確に示している点で興味深い。しかも、適切ないじめ対策を行えば、20~23%程度いじめを減少させることができ、それによって被害化を17~20%程度減少させることができると結論づけている。具体的ないじめ対策を見ていくと、新しくいじめ対策の手法を作るにあたっては、遊び場の監督を強化することにも気を配るべきであるとしている。このレビューでは、遊び場での監督が、プログラムの効果と最も強く関係していた要素の一つであった。つまり、いじめ対策には休み時間における監督に効果があるということである。そのほか、いじめ対策として教師に対する研修を行う場合には、時間をかけて徹底した研修を行う必要があること、また、いじめを実施している者に対する懲罰的な介入方法は年少の子ども(4年生)に対してより有効に機能し、非懲罰的な介入方法は、年長の子ども(6年生)に対してより有効に機能することも指摘されている。これは、いじめ対策において年齢に応じたプログラムを作る必要性があることを示唆するものである。さらに、本レビューでは、全校的ないじめ対策がさほど被害化を防止できないこと、いじめられた子どもたちは、その問題を誰にも相談できないことが多いし、親や教師たちはいじめっこの行動についていじめっこ自身とはあまり話をしていない。したがって新しくつくるいじめ対策の手法は、学校の枠を超え、家族などシステム的な要因に対象を広げるべきであり、親の研修/面談が、いじめの減少にも被害化の減少にも効果的であったことが示されている。これらの知見は、指導内容の公表や教師と親との面談を通じて、学校におけるいじめの問題への親の意識を高める取り組みを行うべきであるということを示唆していると思われる。このようにいじめの防止に関しては、エビデンスから見てもさまざまに有効な介入方法が確認されており、その意味で勇気づけられるレビューと言える。
これまでのブックレットで津富宏教授が記しているように、キャンベル共同計画の成果であるレビューは、これまでの研究を概観するような単なるレビュー(ナラティブ・レビュー)ではない。疫学の基本的な考え方にのっとり、レビューの計画段階から、対象やその方法が適切であるかの審査を経て、更に、メタ分析の方法など、レビューそのものが、系統的レビューとして適切であるかどうかの審査を経た上で公表される。読者には、この二つのレビューを単なる学術誌の論文の一つとしてではなく、膨大な時間と手間隙をかけた、現時点で最良のエビデンスであることを理解した上で、じっくりと読み、その成果を活用する方法を考えていただきたい。
龍谷大学矯正・保護総合センター研究委員長
浜井 浩一