龍谷大学矯正・保護研究センターは、2010年4月に組織改編を行い、研究部門だけでなく、30年余の歴史をもつ特別研修講座「矯正・保護課程」を教育部門として加え、さらに社会貢献をその役割として加えた矯正保護総合センターとして新たなスタートを切った。
そして、この『Ryukoku-Campbell Series』も研究部門におけるプロジェクトの一つとして引き継いだ。これまでにも述べてきたように、このプロジェクトの目的の一つは、刑事政策を含む社会政策に関する国際的な評価研究プロジェクトであるキャンベル共同計画(Campbell Collabolation: C2)と協力し、その成果を広く公表することにある。キャンベル共同計画は、社会政策の中で「何が(科学的に)効果があるのか」についてのエビデンスを集め、評価し、広めることを目的としている。当センターでは、キャンベル共同計画の日本語版ウェッブサイトの作成者であり、本プロジェクトの責任者でもある静岡県立大学の津富宏教授を中心に、キャンベル共同計画の成果の中でも矯正・保護、つまり犯罪者処遇に関するエビデンスを中心に、評価報告書であるレビューの翻訳やウェッブサイトでの公表に協力してきた。さらに、政策決定者、実務家、研究者に対して、その成果をより身近なものとして活用してもらうために、レビューのなかでも、特に、矯正・保護にとって特に重要であると思われるものを中心に選び、ブックレット『Ryukoku-Campbell Series』として発刊している。
第10号に掲載するレビューとして選んだのは、「サイバー加害の予防・減少のための子供、若者、親への介入」と「問題指向型の警察活動が犯罪と治安紊乱に及ぼす効果」との二本である。前者は、いわゆるサイバー空間での若者の加害・被害を防止するために、インターネットに関する知識を増やすこと(インターネット教育)の効果をみたもので、後者は、問題指向型の警察活動が犯罪と治安紊乱に及ぼす効果をみたもので興味深い。どちらも日本の刑事政策を考える上でとても重要な示唆を含んだ内容となっており、ぜひご一読願いたい。
それでは各レビューのポイントを簡単に紹介する。
一つ目は、「サイバー加害の予防・減少のための子供、若者、親への介入」である。インターネットの普及は、特に若者に対して、新しいコミュニケーションツールを生み出した。電子メール、ウェブサイト、ソーシャルネットワーキングサイトを用いる若者は、世界中で爆発的に増加している。サイバー空間におけるコミュニケーションには多くの利点がある。しかし同時にインターネットは、新たな加害と被害に遭遇する可能性のある場でもある。若者はインターネット上で、性的加害者、ストーカー、詐欺、オンラインでいじめなどの被害にあう可能性がある。本レビューは、インターネットに関する知識を増やすこと、つまりインターネット上のリスクに関する教育を実施することによって、サイバー犯罪に関わる危険性をどの程度減少させられるかをみたものである。結果は、残念ながら、サイバー空間での犯罪リスクに関する予防介入的教育が、サイバー空間でのいじめなどを含む犯罪と有意に関係していないことがわかった。たとえば介入(リスクに関する情報提供)を受けた生徒は、ネット上で個人情報を提供することに少し長く時間をかけるかもしれないが、不適切なオンライン行動自体を有意に減少させることはできなかった。つまり、インターネット教育によって潜在的な脅威への認識を高めるだけでは、実際のリスクを軽減させるには不十分ということであり、インターネットに対する態度を変化させるだけでなく、実際にリスクのあるオンライン行動を減少させるような更に踏み込んだ対策が必要だということが明らかとなった。
二つ目は、「問題指向型の警察活動が犯罪と治安紊乱に及ぼす効果」である。問題指向型の警察活動とは、暴力犯罪が多発するようなホットスポットを特定して、そこを集中的にパトロールするなど、特定のターゲットを絞って、そのターゲットに特化した介入(対策)を行う警察活動のことである。登下校時の児童の安全に特化した警察活動や薬物取引が多発する地域に対する警察活動などがこれにあたる。レビューの結論は、問題指向型の警察活動は、一定程度犯罪と治安紊乱の減少に対して効果があるということである。ただし、問題指向型の警察活動というのは、そのターゲットとなる対象や介入の方法が多様である。今回のレビューで最も成功を収めたと判断された研究は、仮釈放者の累犯者に対する介入から薬物市場のホットスポットに対する介入までの広い範囲に及んでいる。つまり、今回のレビューでは、問題指向型というターゲットを適切に絞った介入が効果的という方向性が支持されただけで、具体的にどのような犯罪に対して、どのような警察活動(介入)を行えば効果があるかまではわからないということである。レビューの中でも、今回の結論は、「特定の警察の戦略それ自体を評価しているのではないことを想起するのが重要である。我々が評価の対象としているのは、警察が戦略を開発する際に使用するプロセスである。」と記されている。一時流行った青色防犯灯のように、日本では諸外国で成功したとされる対策そのものが、その評価プロセスや効果のメカニズムを精査することなく輸入されがちである。本レビューの中でも、実に様々な警察活動が評価の対象となっているが、効果があると確認されたのは、それぞれの対策ではなく、問題指向型という警察の戦略的プロセスであることに注意が必要である。
これまでのブックレットで津富宏教授が記しているように、キャンベル共同計画の成果であるレビューは、これまでの研究を概観するような単なるレビュー(ナラティブ・レビュー)ではない。疫学の基本的な考え方にのっとり、レビューの計画段階から、対象やその方法が適切であるかの審査を経て、更に、メタ分析の方法など、レビューそのものが、系統的レビューとして適切であるかどうかの審査を経た上で公表される。読者には、この二つのレビューを単なる学術誌の論文の一つとしてではなく、膨大な時間と手間隙をかけた、現時点で最良のエビデンスであることを理解した上で、じっくりと読み、その成果を活用する方法を考えていただきたい。
龍谷大学矯正・保護総合センター研究委員長
浜井 浩一