2017年3月31日 発行
龍谷大学矯正・保護研究センターは、2010年4月に組織改編を行い、研究部門だけでなく、30年余の歴史をもつ特別研修講座「矯正・保護課程」を教育部門として加え、さらに社会貢献をその役割として加えた矯正保護総合センターとして新たなスタートを切った。
そして、この『Ryukoku-Campbell Series』も研究部門におけるプロジェクトの一つとして引き継いだ。これまでにも述べてきたように、このプロジェクトの目的の一つは、刑事政策を含む社会政策に関する国際的な評価研究プロジェクトであるキャンベル共同計画(Campbell Collabolation: C2)と協力し、その成果を広く公表することにある。キャンベル共同計画は、社会政策の中で「何が(科学的に)効果があるのか」についてのエビデンスを集め、評価し、広めることを目的としている。当センターでは、キャンベル共同計画の日本語版ウェッブサイトの作成者であり、本プロジェクトの責任者でもある静岡県立大学の津富宏教授を中心に、キャンベル共同計画の成果の中でも矯正・保護、つまり犯罪者処遇に関するエビデンスを中心に、評価報告書であるレビューの翻訳やウェッブサイトでの公表に協力してきた。さらに、政策決定者、実務家、研究者に対して、その成果をより身近なものとして活用してもらうために、レビューのなかでも、特に、矯正・保護にとって特に重要であると思われるものを中心に選び、ブックレット『Ryukoku-Campbell Series』として発刊している。
第11号に掲載するレビューとして選んだのは、「親密なパートナーによる虐待を経験した女性の身体的・心理的健康を促進し、暴力を減少あるいは撲滅するための権利擁護的介入」と「近隣による監視活動の効果」との二本である。前者は、DVに対する実践的な助言の再被害防止等の効果をみたもので、後者は、地域での防犯活動の効果をみたもので興味深い。どちらも直接的には矯正・保護の領域における介入ではないものの、日本の刑事政策を考える上でとても重要な示唆を含んだ内容となっており、ぜひご一読願いたい。
それでは各レビューのポイントを簡単に紹介する。
一つ目は、「親密なパートナーによる虐待を経験した女性の身体的・心理的健康を促進し、暴力を減少あるいは撲滅するための権利擁護的介入」である。長いタイトルであるが、パートナーからの身体的・性的・精神的・金銭的な虐待(DV)に対する介入の効果を検証したものである。このレビューでいう権利擁護的な介入とは地域救済制度へのアクセスを容易にする情報・助言やサポートを提供することであるが、具体的には、法的アドバイスや住居・金銭についてのアドバイスの提供、シェルターや心理的サポートの紹介といった様々な実践的アドバイスなどが含まれる。レビューの対象となった研究における介入の程度や介入のタイプ、または介入者の資格等はまちまちで、本レビューでは12時間以上を集中的な権利擁護的介入と位置づけている。その上で、レビューは、集中的な権利擁護的介入は、シェルター等にいる女性の身体的虐待の断絶に効果はあったが、性的な虐待を含むその他の虐待の減少についてのエビデンスは不十分で、権利擁護的介入が虐待の減少または断絶につながるという強力なエビデンスを見出すことはできなかったと結論づけている。ただし、ランダム化による比較実験による研究が少なく、レビューは、ヘルスケアの現場を中心により多くのランダム化による比較介入実験を行うことや、その際に介入が何をターゲットとし、どのようなメカニズムで効果が期待できるのかという理論的な仮説を持ち、より長期間にわたってアウトカムを測定することが必要だと述べている。
二つ目は、「近隣による監視活動の効果」である。これは、ネイバーフッド・ウォッチ(neighborhood watch)と呼ばれるもので、地域住民などによる防犯パトロールや留守宅に対する近隣での組織的声かけなどが含まれる。私もイタリア赴任時に長期休暇でアパートを留守にする際には、友人に鍵を預け、数日おきにアパートの見回りと点検を依頼していた。こうしたプログラムは、住居に対する不法侵入の防止を目的とすることが多いが、監視の形態だけでなく、プログラムが地域主導なのか警察主導なのか、監視の規模においても多様である。また、効果が確認されても、効果を生み出したものが、監視の強化そのものによるものか、見回り活動によって犯行機会が減少したことによるものか、非公式な社会コントロールが増したことによるものかを特定することが難しい。レビューは、近隣による監視が16 ~ 26%程度犯罪を減少させると結論づけている。こちらも多くの研究デザインがランダム化による比較実験ではなく、また、近隣による監視によって犯罪が減少するメカニズムについての情報をもっている研究がほとんどないため、どのような近隣による監視活動が、どのような犯罪に対して効果があるのかなど明確な結論は出せていない。レビューは、よりよい実践を指導していくためには、より多くのランダム化した比較実験によって効果的なプログラムとそうでないプログラムの差異についての調査が必要と提言している。
これまでのブックレットで津富宏教授が記しているように、キャンベル共同計画の成果であるレビューは、これまでの研究を概観するような単なるレビュー(ナラティブ・レビュー)ではない。疫学の基本的な考え方にのっとり、レビューの計画段階から、対象やその方法が適切であるかの審査を経て、更に、メタ分析の方法など、レビューそのものが、系統的レビューとして適切であるかどうかの審査を経た上で公表される。読者には、この二つのレビューを単なる学術誌の論文の一つとしてではなく、膨大な時間と手間隙をかけた、現時点で最良のエビデンスであることを理解した上で、じっくりと読み、その成果を活用する方法を考えていただきたい。
龍谷大学矯正・保護総合センター研究委員長
浜井 浩一